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ある会社に33平米2部屋分拾い、つまり66平米を家賃月額42万円で賃貸に出していました。
東雪谷に住み、新宿御苑のマンションを会社の本店にして、ダンス・スタジオは
身内が経営する新宿1丁目のスタジオを使用していました。
表向きには、その時は、都内に自分名義のマンションが3軒ある資産家になっていました。
「今は物件を持っている人が一番強いですよね」という住友不動産販売の人に踊らされていました。
ところが借りての会社が倒産して、42万円が4ヶ月入りませんでした。
6ヶ月分の敷金を取っていたので、それでまかないました。
次の借り手は韓国人に35万円です。
広かったのでなかなか他の借り手がつきませんでした。
1ヶ月空室でも大きな損害です。
その韓国人は中を韓国ブティックにしました。
顧客は韓国人ホステスです。
66平米いっぱいにソウル産直の洋服や靴や薬(薬事法により厚生省に許可を申請しない薬の販売は
できないが、そんなこと韓国人は関係ない)が並べられ、昼間、韓国人ホステスが下見に来て、夜、客を
連れて再びやって来て買ってもらうという具合です。
キムヨンヒ(どこかで聞いたことのある名前だ)という韓国人は、この方法で歌舞伎町に1軒、そして、ここ大久保に
1軒の韓国ブティックを経営していました。
自分がとりあえず、日本人の男と結婚して、今度は弟を呼んで、そして、おとうさんを呼び寄せて、着々と一人また
一人と韓国から家族が来ていました。
最終的には、この物件はこの韓国人が破格値で買いました。
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コレスニコヴォヴァ男爵夫人と呼ばれていた生活が終わりを告げました。
どうやって離婚しようかと思っていたところ、ドミニカ共和国の大使が、
エリザベス・テイラー、フランク・シナトラ、マイク・タイソン
みんなドミニカで離婚するので、海外公演をするついでに離婚しにいらっしゃい、
と言ったので、国際交流基金から助成金をいただいて、翌年ドミニカへ行くことにしました。
離婚は、ソビエト連邦の崩壊とともに、結局日本で行い、翌年ドミニカ公演をして、本を2冊出版
しました。
離婚すると、いかに仕事がはかどるかを思い知りました。
空いた3LDKをある会社の社員寮に東急不動産を通して貸しました。
家賃:21万5千円。
ところが、1年後、その会社が倒産しました。
賃貸に出しても、不安定なので、売りに出しました。
ある一家が買いました。5人家族です。
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6900万円で買ったこのマンションは買った翌日からどんどん価格を下げはじめました。
よくわからずに買った自分が馬鹿でした。
6900万円は大変なお金です。
今、手元にあったらすごく嬉しいです。
売った住友不動産販売も、融資した住友銀行も詐欺まがいで、犯罪者だと思います。
でも、買った馬鹿が自殺しても住友不動産販売も、住友銀行も損しないようになっていますから、
こうなったら、これを勉強代として、不動産で利益を出せるようになってあの大阪のやくざまがいの会社を
見返すしか方法がないと判断しました。
さなぎは、じっと動かず我慢しているようだけれど、その時に蝶になるための一番大切な準備をしているのだから、
さなぎは醜いものではなく、蝶の人生で一番重要な時期なのです。
さなぎはついに
を捜しはじめました。
いつでも自分名義のマンションを都内の山の手地域にごく自然にもっていた自分にとっては、借りて住むのは本当に
悲しいことでした。
さなぎの賃貸住宅生活
さなぎはいかにして、蝶となって飛んだか
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